今回は自分の子供を連れていけなくて残念でしたが、時たま、こういうゆとりが、あるのもいいものだと感じます。裕福な方には大したものではないのだと思いますが。貧困家庭となってからは、記録的なできごとでした。
1990年より、とりあえずのつもりで来た米国に、定住して暮らしています。ロッキー山脈の雪と乾燥した砂漠、標高1400mの高地 Utah 州 Orem と Provo 一転して太平洋岸の都市 Silicon Valley California 州 Sunnyvale と San Jose それから北へ移動して、冷たい海と湖と緑と山、雨と針葉樹の Washington 州 Issaquah, Sammamish と移動してきました。そういう混乱と困難が助けて2002年からクリスチャンとなってます。2008年から頻繁な失業者。四苦八苦の高齢ソフトウェアエンジニアです。就労が難しくなり、生活できる自営業を、模索中。40年来のスキーも、失業の影響で、行けなくなったり、それもあってか、2010年末に心臓の冠状動脈が詰まり呼吸困難症状が出てステントを3つ入れました。徐々にストレスの少ない暮らしに移行しようとしています。
2010年10月23日土曜日
レストランで250ドル超
昔日本にいた頃、六本木のイタリアレストランで、二人分で、2万5千円超払ったことはあります。考えると、21年前くらいですね。それ以来、8人分でも250ドル超えることはほぼなかったように記憶しています。私は20年前よりはるかに貧しいんですね。昨年から貧困家庭になって、まずありえない、金額でしたが、実は、私でなく、家内の不動産のお客さんへの感謝の招待でした。昨年、1年半かけて苦労して、やっと買いが成立したお客さんが友達を紹介してくれて、そのお友達が、やはり1年がかりで、買いが9月に成立しました。今回は金額が、家内の最高記録で、しかもお友達のエージェントを頼まなかったため、私の4ヶ月分以上を1件で稼ぐことができました。その自営業のお客さんなので、あまり安いレストランというわけにもいかなかったのです。
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